東京五輪の招致決定、訪日外国人客の1300万人突破など、日本への評価の高まりに日本人は自信を深めている。最近は、「日本最高!」という自惚れの強い「日本われぼめ症候群」といえる現象も見られる。しかし事はそれほど簡単なのだろうか。石倉洋子・一橋大学名誉教授がさまざまな分野で活躍する次世代リーダーたちとグローバル人材の要件を探る対談シリーズ7回目は、伝説の金融アナリストとして名を馳せ、縁あって国宝の補修を手掛ける老舗・小西美術工藝社を率いるデービッド・アトキンソン社長に、現実直視のできない「日本的発想」の落とし穴を聞いた。 

親日か反日か
どちらかに規定したがる日本人

石倉 ご著書の『イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る』を拝読しました。アトキンソンさんのお名前は、不良債権処理問題の頃から存じ上げていましたが、国宝や重要文化財の補修の老舗の社長としてこれほど奮闘なさっているとは知りませんでした。本の内容はとても刺激的でした。反響も大きかったでしょうね。

デービッド・アトキンソン
小西美術工藝社
代表取締役会長兼社長

1965年 イギリス生まれ。87年アンダーセン・コンサルティング入社。90年に来日し、2007年までソロモン・ブラザーズ、ゴールドマン・サックスで金融アナリ ストを務める。09年小西美術工藝社取締役、11年より現職。著書に『銀行-不良債権からの脱脚』(日本経済新聞社)『イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る』(講談社)など。

アトキンソン 想像以上の反響で驚きましたが、すべてが好意的なものではないし、こちらの意図をまったく理解していない批判もありました。日本人にとって、外国人は親日か反日かの二者択一なのだということがよくわかりました。「厳しく批判してください」か「べた褒めしてください」のどちらか(笑)。ちっとも建設的な話にならないのです。

石倉 どこの国でも、好きなところも嫌いなところもあるのに、「あなたは日本が大好きなんでしょ」と決めつけられても困りますよね(笑)。好きか嫌いかはっきりしないと許さないし、なぜそう規定するのか、外国の方には不思議でしょうね。

アトキンソン 私は東京・青山と京都に家を持っていますが、青山は茶室以外はすべて洋間で、逆に京都の家は洋間が1つあるだけの町家です。青山の家にいると京都に行きたくなるし、京都の家に2週間もいると青山の暮らしが恋しくなる。人間ならそういう感覚が当たり前だと思うのですが、「和風住宅で暮らす外国人は日本のよさを理解しているすごくいい人」みたいなイメージで、そういう感想を半ば強要されるシーンが多いですね。

石倉 日本に対する思い入れが強い人を好むのでしょうか。そういう日本の人たちの欲求があまりに強いと、「それって、おかしくないですか」と感じられることもあるでしょうね。

石倉洋子
一橋大学 名誉教授

アトキンソン ありすぎて(笑)。たとえば、いま話題になっている「おもてなし」。皆さん「世界最高」と胸を張るけれど、世界最高のおもてなしがあるのに、なぜ訪日客が1300万人しかいないのでしょうか。フランスは年間8473万人、スペインは6000万人、イギリスは3100万人ですよ。日本は、外国からの訪問者数で他国より劣っているのに、世界最高という話が一人歩きして、その感覚で語りたがる。

石倉 外国からの訪問客を対象とした国際ランキングで日本はむしろ下位グループなのに。

アトキンソン 京都にも似たような発想があります。京都の外国人訪問者数は190万人ですが、ロンドンは1600万人、パリは1500万人です。なのに「京都は世界一の観光地」という、揺るぎない自信を持っています。そんな素晴らしい所なら訪問客がロンドン並みにあって良いはずなのに、190万人しかいないのはなぜか、という声は上がりません。世界から見れば「非常識」なのに、内輪で褒め合っているだけ。惨めな感じがしてきます。

石倉 言葉だけが一人歩きしてしまうことは非常に多いですね。「おもてなし」にしても、オリンピックの招致で成功したから、それを機に皆がその気になってしまう。

アトキンソン 外国人の私にそう感じさせるのは、結局日本のマスコミなんですよ。マスコミが勝手に言っているだけで、一般の人たちが本当にそう考えているのかどうかは疑問です。アニメにしても、「クール・ジャパンの先陣を切るのはアニメ」というのには、非常に違和感を持っていました。そうしたら、先日、アニメ界で著名な方がこう言うのです。「日本のアニメと漫画はずっと前から世界中で売れていた。いまさらクール・ジャパンに結びつけられるのは余計なお世話だ」。なるほどな、ですよ。