サマリー:グレート・トランジション時代にCFOとファイナンス組織はどのような役割を果たし、企業を成長へと導くべきなのか。日本を代表するCFOの一人、伊藤忠商事の鉢村剛氏に聞く。

経営環境の変化や競争の激化を受けて、CEOのパートナーとして企業の舵取りを担うCFOの役割にますます期待が高まっている。先進的・特徴的な取り組みをする企業のCFOに未来の見通しと企業経営の勘所をインタビューし、時代の転換点を生き抜く羅針盤としてお届けするシリーズ対談「CFO Compass」。第1回は2015年のCFO就任以来、成長投資、有利子負債コントロール、株主還元の3つのバランスを意識した財務・資本戦略を一貫して実践し、高ROE(自己資本利益率)の実現をコミットしてきた伊藤忠商事の鉢村剛氏。いまや日本を代表するCFOの一人となった同氏に、デロイト トーマツ グループ CFOプログラムの信國泰、近藤泰彦の両氏が、時代変化に即したファイナンス組織のあり方や経営理念を聞いた。

創業から165年、いつの時代も変化を乗り越えてきた

近藤 いまはグレート・トランジションの時代といわれますが、企業経営を取り巻くマクロ環境の変化をどうとらえていますか。

鉢村 2050年カーボンニュートラルに向けて世界が動き始めています。我々としてもESG(環境、社会、ガバナンス)への取り組みや、GX(グリーン・トランスフォーメーション)、DX(デジタル・トランスフォーメーション)をこれまで以上に推進、加速させなければなりません。

 我々は総合商社ですから、繊維、機械、金属、エネルギー、化学品、食料、情報通信、資材建材、リテールなどさまざまな事業領域があります。それぞれがグレート・トランジションに向けて自己変革しなければならないという問題認識を持つ必要がありますし、スコープ3(自社での温室効果ガス直接排出、電力の使用などに伴う間接排出を除くすべての間接排出)までを考えれば、自社の枠を超えて他の企業や団体と連携した変革も必要です。何か奇策があっていっきに変われるわけではないので、地道なことの積み重ねだと思います。

 一方、我々の歴史は創業から165年、いくつもの大きな変化、小さな変化を乗り越えてきた歴史でもあります。グレート・トランジションに限らず、これからも時代の変化に対応したり、変化を先取りしたりしながら、持続的な成長を目指します。

信國 足元の環境変化として、特に注視している事象はありますか。

鉢村 目先で気になっているのは、物価と為替の動向です。日本は2000年代に入ってからずっとデフレ基調が続いてきましたし、実質実効レートで見てこれだけの円安水準はほぼ半世紀ぶりです。いまの現役世代で、インフレと同時にこれだけの円安を経験した人はほとんどいません。

 日本の国際的地位の低下は人口減少が大きな要因の一つですが、今後も人口が減り続ける中で、1人当たりの付加価値生産性を上げていかないと、国の富がどんどん先細りします。国の富が減ると、円の実力低下と相まって、海外で食料や資源を調達しようと思っても、他の国に買い負けてしまいます。

 ですから、我々企業としてはAI(人工知能)などのテクノロジーを使いながら稼ぐ力を高めたり、ビジネスモデルを変えたり、資産を入れ替えたりしながら、収益力という点にこれまで以上にこだわらなくてはなりません。

近藤 環境変化の一つとして、企業には非財務への取り組み状況の情報開示が求められています。いまおっしゃったような財務的な価値創出力を高めると同時に、環境や社会など非財務の課題にも対応しなくてはならないわけですから、経営の舵取りはますます難しくなっています。

鉢村 財務も非財務も、どちらも重要です。ただ、持続的成長の前提になるのはしっかりとした財務基盤であり、利益成長です。当社も財務面でしっかり成長しているからこそ、環境や社会課題の解決にいろいろと投資することができます。そこのクライテリア(意思決定や判断のための基準・規範)はぶらさないよう、各事業部門に求めています。

近藤 環境変化とともに、CFOやファイナンス組織の役割も変わってきています。デロイトでは、ブックキーパー(帳簿管理者)からCEOや事業部門のビジネスパートナーへと変わるべきだと一貫して主張してきました。

 鉢村さんがCFOに就任されてから9年目になりますが、その間、ファイナンス組織の役割として変わってきたこと、あるいは意図的に変えてきたことはありますか。