2023/08/26 - 2023/08/26
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Takahideさん
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夏の青春18きっぷを利用して北陸と中部地方に行きました。
8/26は湯尾駅から敦賀駅まで旧北陸線トンネル群を歩いてきました。
旧北陸線トンネル群は1896年7月15日に敦賀から福井を開業した時から1962年6月10日に北陸トンネルが開通するまでの間使用されていた路線(別名杉津線)です。
GPSによる旅程:http://takahide.starfree.jp/Toyama/Toyama.html
スケジュール等:http://takahide.starfree.jp/Toyama.html
青春18きっぷ:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E6%98%A518%E3%81%8D%E3%81%A3%E3%81%B7
湯尾駅:https://web.archive.org/web/20240315140441/https://www.jr-odekake.net/eki/top?id=0541422
湯尾駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E5%B0%BE%E9%A7%85
敦賀駅:https://www.jr-odekake.net/eki/top?id=0541413
敦賀駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%A6%E8%B3%80%E9%A7%85
旧北陸線トンネル群:https://www.imajo-syuku.com/%E9%89%84%E9%81%93%E9%81%BA%E7%94%A3/
旧北陸線トンネル群:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E5%8C%97%E9%99%B8%E7%B7%9A%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E7%BE%A4
旧北陸線トンネル群位置図:http://www2.pref.fukui.jp/press/atfiles/pa2T1412570218bb.pdf
北陸トンネル:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%99%B8%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
富山駅
北陸新幹線開業により並行在来線としてJR西日本から経営分離された第三セクターの「あいの風とやま鉄道」に乗車します。
「あいの風とやま鉄道」はsuicaが利用できます。
富山駅:https://ainokaze.co.jp/station/toyama
富山駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E9%A7%85
北陸新幹線:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%99%B8%E6%96%B0%E5%B9%B9%E7%B7%9A
JR西日本:https://www.westjr.co.jp
JR西日本:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%97%85%E5%AE%A2%E9%89%84%E9%81%93
第三セクター:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%89%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%BC%E9%89%84%E9%81%93
あいの風とやま鉄道:https://ainokaze.co.jp
あいの風とやま鉄道:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%84%E3%81%AE%E9%A2%A8%E3%81%A8%E3%82%84%E3%81%BE%E9%89%84%E9%81%93
suica:https://ja.wikipedia.org/wiki/Suica富山駅 駅
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富山駅
乗車したのは「あいの風とやま鉄道」同様に並行在来線として経営分離された第三セクターの「IRいしかわ鉄道」直通の金沢行き普通列車です。
車両は521系2次車AK12編成のクハ520-21です。
JR西日本から譲渡された車両を「あいの風とやま鉄道」の塗装(ラッピング)に変更しています。
IRいしかわ鉄道:https://www.ishikawa-railway.jp
IRいしかわ鉄道:https://ja.wikipedia.org/wiki/IR%E3%81%84%E3%81%97%E3%81%8B%E3%82%8F%E9%89%84%E9%81%93
金沢駅:https://www.ishikawa-railway.jp/station/kanazawa/?ctg=info
金沢駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%B2%A2%E9%A7%85
並行在来線:https://www.pref.ishikawa.lg.jp/shink/heikouzairaisen/heikouzairaisennituite/heikouzairaisentoha/heikouzaitoha.html
521系:https://ja.wikipedia.org/wiki/JR%E8%A5%BF%E6%97%A5%E6%9C%AC521%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A
2次車:https://ja.wikipedia.org/wiki/JR%E8%A5%BF%E6%97%A5%E6%9C%AC521%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A#2%E6%AC%A1%E8%BB%8A
AK12編成:https://raillab.jp/carset/6720
クハ520-21:https://raillab.jp/car/28616
譲渡:https://ja.wikipedia.org/wiki/JR%E8%A5%BF%E6%97%A5%E6%9C%AC521%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A#%E8%AD%B2%E6%B8%A1あいの風とやま鉄道 あいの風とやま鉄道線 乗り物
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金沢駅
ここからは青春18きっぷを利用するため一度改札を出て清算し、駅スタンプを押してから改めて入場します。
駅スタンプの表示は「北陸本線・金沢駅」でしたが、北陸新幹線の敦賀延長後には富山駅同様「北陸新幹線・金沢駅」になりました。但し富山駅とは異なりデザインに変更はありません。
乗車したのは福井行きの普通列車です。
車両は521系2次車G22編成のクハ520-27です。
金沢駅:https://www.jr-odekake.net/eki/top?id=0541449
駅スタンプ:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A7%85%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%97
北陸本線:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%99%B8%E6%9C%AC%E7%B7%9A
福井駅:https://www.jr-odekake.net/eki/top?id=0541430
福井駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E4%BA%95%E9%A7%85_(%E7%A6%8F%E4%BA%95%E7%9C%8C)
G22編成:https://raillab.jp/carset/19966
クハ520-27:https://raillab.jp/car/28628金沢駅 駅
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恐竜広場
福井と言えば恐竜。
駅正面の恐竜広場に展示されている恐竜は、9時~21時の間は00分と30分に声を出して動きます。
恐竜広場:https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/brandeigyou/plaza.html福井駅 恐竜広場 名所・史跡
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福井駅停留場
2016年に西口駅前広場まで延長された福井電鉄の駅です。
写真は名古屋鉄道から譲渡された770形です。
前照灯の間にある『乗降中』を示す表示器が付いていませんがどうしたのでしょう?
福井駅停留場:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E4%BA%95%E9%A7%85_(%E7%A6%8F%E4%BA%95%E7%9C%8C)#%E7%A6%8F%E4%BA%95%E9%89%84%E9%81%93
福井電鉄:https://fukutetsu.jp
福井電鉄:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E4%BA%95%E9%89%84%E9%81%93
名古屋鉄道:https://top.meitetsu.co.jp
名古屋鉄道:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E9%89%84%E9%81%93
770形:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E9%89%84%E3%83%A2770%E5%BD%A2%E9%9B%BB%E8%BB%8A_(2%E4%BB%A3)#%E7%A6%8F%E4%BA%95%E9%89%84%E9%81%93%EF%BC%882005%E5%B9%B4_-_)福井駅駅 駅
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福井駅
駅スタンプを押印して敦賀行き普通列車に乗車します。
駅スタンプは「北陸本線・福井駅」でしたが、金沢駅同様新幹線延長後にデザインはそのままで「北陸新幹線・福井駅」となりました。
車両は521系2次車G15編成のクハ520-20です。
G15編成:https://raillab.jp/carset/6627
クハ520-20:https://raillab.jp/car/28534福井駅 (福井県) 駅
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湯尾駅
敦賀の二つ手前の湯尾が旧北陸線トンネル群の起点になります。
先ずは国道305号を南下し、北陸自動車道を潜ったら右折して線路沿いの道にでます。
国道305号:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%81%93305%E5%8F%B7
北陸自動車道:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%99%B8%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A%E9%81%93湯尾駅 駅
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山田道踏切(北側)
旧線との切替点の少し南側にある踏切です。
線路右側のフェンスのある場所は旧線が引かれていたところです。 -
山田道踏切(南側)
左の舗装路がこれから辿ってゆく旧線の廃線跡です。
奥のガードレール部分は湯尾谷川に架かる橋梁で、煉瓦積みの橋台が残っています。
橋台:https://kotobank.jp/word/%E6%A9%8B%E5%8F%B0-52868 -
湯尾隧道(北側坑門)
北陸トンネル開業の3ヶ月前、1962年3月19日の複線化時まで使用されていた1895年頃に竣工した長さ368m、幅員4.1mのトンネルです。
安山岩の切石積みで左右両側にパラペットを長く張出しているのが特徴です。
トンネル内は緩やかに右に湾曲して見通しが効かないため入口に信号機が設置されています。
湯尾隧道:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/287853
湯尾隧道:https://bunkazai.pref.fukui.lg.jp/search_category/content?detail_id=800-0
湯尾隧道:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4977/
安山岩:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%B1%B1%E5%B2%A9
切石積み:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%87%E7%9F%B3%E7%A9%8D%E3%81%BF
パラペット:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%9A%E3%83%83%E3%83%88 -
湯尾隧道
内部壁面は煉瓦造りです(一番敦賀側の樫曲隧道と同様の仕様にしたとのこと)。
樫曲隧道:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/273242
樫曲隧道:https://bunkazai.pref.fukui.lg.jp/search_category/content?detail_id=790-0
樫曲隧道:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4961/ -
湯尾隧道
トンネル内の待避所もそのまま残っています。 -
湯尾隧道(南側坑門)
こちらも安山岩の切石積みです。
坑門右側に登録有形文化財のプレートが付いています。
旧線はトンネル内の湾曲そのままに右(西)に曲がって行き現在の線路と交差してから今庄駅に向かっていましたが、現在は私有地になっているので道路に従って進みます。
今庄駅:https://web.archive.org/web/20240315140508/https://www.jr-odekake.net/eki/top?id=0541421
今庄駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E5%BA%84%E9%A7%85 -
今庄宿
国道476号に合流して次の交差点を右折します。
奥に見えるのは第二大岩踏切です。
踏切を渡って右折すると道路になっている旧線の廃線跡を少しだけ辿れます。
今庄駅付近の路線は変更がないため今庄宿に向かいます。
今庄宿:https://www.imajo-syuku.com/%E5%AE%BF%E5%A0%B4%E7%94%BA/
今庄宿:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/585183
今庄宿:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E5%BA%84%E5%AE%BF
国道476号:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%81%93476%E5%8F%B7今庄宿 名所・史跡
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御札場跡(西尾茂左衛門家)
福井藩内では藩札の使用が強制されたため、金銀と藩札との両替をする場所として設けられたのが御札場です。
福井藩:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E4%BA%95%E8%97%A9
藩札:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A9%E6%9C%ADしげじろう グルメ・レストラン
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京藤甚五郎家
立派なうだつのあがる家です。
金・土・日・祝は内部の見学が可能で、庭に面する部屋には水戸天狗党の一行が宿泊した際に刀傷をつけた柱が残っています。
京藤甚五郎家:https://www.town.minamiechizen.lg.jp/kurasi/103/128/p003509.html
水戸天狗党:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%8B%97%E5%85%9A%E3%81%AE%E4%B9%B1
水戸天狗党:https://www.jaea.go.jp/04/xturuga/shiki/pdf/furusato-132.pdf京藤甚五郎家(今庄宿) 名所・史跡
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旧北陸線トンネル群案内
鹿蒜(かひる)川を渡り県道207号と合流した付近に立つ案内板です。
チョイソコが運行する南越前町らくらくおでかけバスの稲荷(下)バス停付近で右(西)に進み、この看板のある辺りからの県道207号が1962年6月10日の北陸トンネル開通時まで使用されていた旧線の廃線跡です。
鹿蒜川:https://geoshape.ex.nii.ac.jp/river/resource/860607/8606070085/
県道207号:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E4%BA%95%E7%9C%8C%E9%81%93207%E5%8F%B7%E4%BB%8A%E5%BA%84%E6%9D%89%E6%B4%A5%E7%B7%9A
チョイソコ:https://www.choisoko.jp
チョイソコ:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%82%B3
南越前町らくらくおでかけバス:https://www.town.minamiechizen.lg.jp/kurasi/101/119/p004140.html
稲荷(下):https://busmap.info/busstop/1124299/ -
しらさぎ5号
北陸トンネル開通時に県道207号沿いに設けられた南今庄駅を通り過ぎると北陸トンネルの案内板が立っています。
北陸トンネルの一つ南今庄駅側にある小さなトンネル(ロックシェッド?)を抜けてきたのは名古屋発金沢行きの681系しらさぎ5号です。
南今庄駅:https://web.archive.org/web/20240315140213/https://www.jr-odekake.net/eki/top?id=0541419
南今庄駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%BB%8A%E5%BA%84%E9%A7%85
シェッド:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%86%E9%81%93
681系:https://ja.wikipedia.org/wiki/JR%E8%A5%BF%E6%97%A5%E6%9C%AC681%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A
しらさぎ:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%97%E3%82%89%E3%81%95%E3%81%8E_(%E5%88%97%E8%BB%8A) -
鹿蒜川に架かるガーダー橋
橋台の切石積み部分は鉄道橋時代の物のようです。
主桁は道路幅に合わせて改造された物か新しく設置された物かは不明です。 -
北陸自動車道を潜った先にあるガーダー橋
木ノ芽峠を通る平安初期以降の北陸道が左に分かれ、北陸自動車道を潜った先にある橋です。
この橋台はプレストレストコンクリート(PC)で作り直されているので、主桁もその際に設置された物でしょうか?
この次の橋は前年8月の大雨で崩落しており、この橋の手前から迂回路が設けられていました。
木ノ芽峠:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E3%83%8E%E8%8A%BD%E5%B3%A0
北陸道:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%99%B8%E9%81%93#%E9%81%93%EF%BC%88%E3%81%BF%E3%81%A1%EF%BC%89%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AE%E5%8C%97%E9%99%B8%E9%81%93
PC:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88
大雨:https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/kikitaisaku/disaster_archive_fukui_d/fil/13ooame.pdf -
大桐駅跡
上りホームが残されています。
大桐駅は1908年3月1日に単線の輸送力向上のため(今庄側から上り勾配にさしかかる地点に)開設された大桐信号場が同年6月1日付で駅に昇格したものです。
そのため駅は集落からかなり南側に離れた場所にあります。
大桐駅:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4976/
大桐駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%A1%90%E9%A7%85
信号場:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%A1%E5%8F%B7%E5%A0%B4
大桐:https://geoshape.ex.nii.ac.jp/ka/resource/18/184040380.html -
大桐駅跡
敦賀~今庄間の貨客輸送に使用されたD51の動輪や信号機、ポイントが展示されています。 -
大桐駅跡
ホームの上には駅の由来や廃止になった杉津線についての案内板が立っています。 -
大桐集落入口
旧線は奈良時代の北陸道(鹿蒜道)に沿って山中峠に向かいます。
鹿蒜は
『可蒜流廻の 道行かん日は五幡の 坂に袖を振れ われおし思わば』
と大伴家持に詠まれ、万葉集にも納められています。
そのため鹿蒜道は「万葉の道」と呼ばれています。
「可蒜流」は「鹿蒜」のことで、「五幡」は日本海に面する敦賀市の地名です。
線路と並行して大桐集落に向かう道と旧線を走る特急白鳥が右側の写真に写っています。
鹿蒜道:http://historia.justhpbs.jp/kaheru1.html
山中峠:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%AD%E5%B3%A0
歌詳細:https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detailLink?cls=db_manyo&pkey=4055
大伴家持:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%BC%B4%E5%AE%B6%E6%8C%81
万葉集:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%87%E8%91%89%E9%9B%86
五幡:https://geoshape.ex.nii.ac.jp/ka/resource/18/182020590.html
敦賀市:https://www.city.tsuruga.lg.jp
敦賀市:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%A6%E8%B3%80%E5%B8%82
白鳥:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%B3%A5_(%E5%88%97%E8%BB%8A) -
大桐集落
上の写真にも写っている大桐集落に向かう道から眺めた鹿蒜側に架かるガーダー橋です。
主桁のプレートに
運輸省
昭和22年
汽車製造株式會社
と書かれています。
橋台の上部の幅が広げられているので主桁も道路幅に合わせて広げる改造が施されたのでしょう。
汽車製造株式會社:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%BD%E8%BB%8A%E8%A3%BD%E9%80%A0 -
斜坑入口
北陸新幹線が通る新北陸トンネルと交差する付近にある大桐工区で使われた斜坑の入り口です。
大桐工区では大量の湧水が発生して処理に苦労したようです。
斜坑:https://kotobank.jp/word/%E6%96%9C%E5%9D%91-75888
大桐工区の湧水処理:https://jcmanet.or.jp/bunken/symposium/2018/2018r17.pdf -
擁壁
道路脇は旧線時代の石積みの擁壁が残っています。
擁壁:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%93%81%E5%A3%81 -
山中ロックシェッド
1953年に竣工された長さ65m、幅4.2mの日本最初のロックシェッド且つ日本最初期のPC構造物です。
ロックシェッドに入って直ぐに右側に登録有形文化財のプレートが埋められています。
山中ロックシェッド:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/273252
山中ロックシェッド:https://bunkazai.pref.fukui.lg.jp/search_category/content?detail_id=802-0
山中ロックシェッド:https://www.jpci.or.jp/eeee/v35/350614.pdf
山中ロックシェッド:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4975/ -
山中ロックシェッド
敦賀側から見ると左上に待避線終点部のロックシェッドが見えます。 -
山中信号所跡
山中信号所は大桐信号所(大桐駅)と同じく単線の輸送力向上のため、1919年11月25日に山中トンネル手前に開設された信号所です。
右の道路部が本線(単線)、左が待避線(上りと下りの複線)です。
本線から待避線に入るポイント上部にはスノーシェッドが設けられていました。
山中信号所:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4974/
山中信号所:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%AD%E4%BF%A1%E5%8F%B7%E5%A0%B4山中信号所 名所・史跡
-
山中隧道(北側坑門)
戦後の貨物列車の車両増加対応として待避線に出入りするための引き込み線を延長するため左側の行き止まりのトンネルが掘られました。信号場の施設扱いのためか他のトンネルと異なり登録有形文化財には指定されていません。
山中隧道はほぼ直線で対向車の有無が確認できるためか、トンネル入口に信号機は設置されていません。
トンネル入り口上部の削れている所は第二代内閣総理大臣黒田清隆揮毫の『徳垂後裔』という扁額(石額)が掲げられていた場所と思われます。
オリジナルの石額は長浜鉄道スクエアに展示されています。
そして鉄道遺産に認定された2020年にレプリカが作成され、引き込み線の左側に置かれています。
先ほどまでは晴れていたのに土砂降りの雨になりました。
山中隧道:https://bunkazai.pref.fukui.lg.jp/search_category/content?detail_id=799-0
山中隧道:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/245211
山中隧道:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%AD%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB_(%E7%A6%8F%E4%BA%95%E7%9C%8C)
行き止まりトンネル:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4973/
登録有形文化財:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BB%E9%8C%B2%E6%9C%89%E5%BD%A2%E6%96%87%E5%8C%96%E8%B2%A1
黒田清隆:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E7%94%B0%E6%B8%85%E9%9A%86
徳垂後裔:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4987/
扁額:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%81%E9%A1%8D
長浜鉄道スクエア:https://kitabiwako.jp/tetsudou/
長浜鉄道スクエア:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E6%B5%9C%E9%89%84%E9%81%93%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%82%A8%E3%82%A2
石額の経緯:https://www.town.minamiechizen.lg.jp/tyougikai/p003144_d/fil/gikai-32.pdf山中トンネル 名所・史跡
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山中隧道
1896年に竣工した長さ1,170m、幅員3.7mのトンネルです。
敦賀方面に向けて緩やかな下り坂になっています。
路面が濡れているのは今庄側入口から進入した雨水です。
漏水補修は行われているので湧水の心配はありません。
トンネルの中に南越前町と敦賀市との境界があります。
漏水補修:https://ex-houei.com/repaircat/tunnel/
南越前町:https://www.town.minamiechizen.lg.jp
南越前町:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E8%B6%8A%E5%89%8D%E7%94%BA山中トンネル 名所・史跡
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山中隧道(南側坑門)
こちら側の坑門には黒田清隆揮毫の『功和于時』という石額が掲げられていました。
オリジナルはやはり長浜鉄道スクエアにあり、レプリカがトンネル左側に置かされています。
功和于時:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4986/山中トンネル 名所・史跡
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敦賀湾と敦賀半島
山中隧道と次のトンネルの間からの眺めです。
あちらは快晴のようです。
敦賀湾:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%A6%E8%B3%80%E6%B9%BE
敦賀半島:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%A6%E8%B3%80%E5%8D%8A%E5%B3%B6 -
伊良谷隧道(北側坑門)
1895年頃に竣工した長さ467m、幅員3.9mのトンネルです。
左(東)に湾曲して見通しが効かないため、信号機が設置されています。
草に覆われて見えませんが信号機の高さ辺りに『伊良谷隧道』と書かれたプレートが設置されているようです。
伊良谷隧道:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/292670
伊良谷隧道:https://bunkazai.pref.fukui.lg.jp/search_category/content?detail_id=798-0
伊良谷隧道:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4971/ -
伊良谷隧道
出口付近からは次とその次のトンネルまで見えます。
湯尾駅に貼られていたポスターはここで撮影されたものでしょうか? -
伊良谷隧道(南側坑門)
山側はパラペットが張出されています。
こちら側は『伊良谷隧道』のプレートが確認できます。
ここから敦賀側のトンネル坑門には何れも同様のプレートが掲げられています。 -
芦谷隧道(北側坑門)
1894年に竣工した長さ223m、幅員3.7mのトンネルです。
煉瓦や石材には官給の厳選された材料が用いられたとのこと。
直線なので反対側の出口が見えます。
芦谷隧道:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/298939
芦谷隧道:https://bunkazai.pref.fukui.lg.jp/search_category/content?detail_id=797-0
芦谷隧道:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4970/ -
曲谷隧道(北側坑門)
1895年頃に竣工した長さ260m、幅員3.9mのトンネルです。
ここから南側のトンネルは下側が切石積みで上側が官給品の煉瓦積みの構造になっています。
右(西)に湾曲して見通しが効かないにもかかわらず、信号機が設置されていません。
曲谷隧道:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/243708
曲谷隧道:https://bunkazai.pref.fukui.lg.jp/search_category/content?detail_id=796-0
曲谷隧道:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4969/ -
曲谷隧道(南側坑門)
茂った木で隠れていますが『曲谷隧道』のプレートが設置されているのが見えます。
南側にも信号機は設置されていません。 -
第二観音寺隧道(北側坑門)
1895年頃に竣工した長さ310m、幅員3.9mのトンネルです。
敦賀側で左(東)に湾曲して見通しが効かないにもかかわらず、曲谷隧道同様に信号機が設置されていません。
第二観音寺隧道:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/221017
第二観音寺隧道:https://bunkazai.pref.fukui.lg.jp/search_category/content?detail_id=795-0
第二観音寺隧道:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4968/ -
第二観音寺隧道(南側坑門)
こちらの坑門からだと内部で湾曲しているのが良く分かります。
やはり信号機は設置されていません。 -
第一観音寺隧道(北側坑門)
1894年に竣工した長さ82m、幅員3.9mの短いトンネルです。
地元の材料を用いて低単価で施工されたそうです。
急に晴れたため、濡れた路面から水蒸気が沸き上がっています。
第一観音寺隧道:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/284156
第一観音寺隧道:https://bunkazai.pref.fukui.lg.jp/search_category/content?detail_id=794-0
第一観音寺隧道:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4967/ -
第一観音寺隧道(南側坑門)
今庄側出口付近で少し東側に湾曲しているのが分かります。 -
杉津駅跡
県道207号を左折して敦賀市道に入り北陸自動車道を潜ります。
杉津駅跡は北陸自動車道上り線の杉津パーキングエリアに転用され、案内板が残るのみです。
北陸本線屈指と言われた景色は北陸自動車道が邪魔をして見ることが出来なくなってしまいました。
(北陸自動車道を潜った先を左折して坂を上った先にある下り線のパーキングエリアからは見えるようです)
杉津駅:https://www.city.tsuruga.lg.jp/smph/about_city/news_from_facility/kominkan/higashiura_kominkan/introduction/higashiura_midokoro/hokurikuhonsen.html
杉津駅:https://www.jaea.go.jp/04/xturuga/shiki/pdf/furusato-123.pdf
杉津駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E6%B4%A5%E9%A7%85
杉津パーキングエリア(上り):https://sapa.c-nexco.co.jp/sapa?sapainfoid=80
杉津パーキングエリア(下り):https://sapa.c-nexco.co.jp/sapa?sapainfoid=81
杉津パーキングエリア:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E6%B4%A5%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%A2杉津パーキングエリア 道の駅
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曽路地隧道(北側坑門)
杉津パーキングエリアの先にある1895年に竣工した長さ401m、幅員4.0mのトンネルです。
若干左(東)に湾曲していますが出口が見えるためか信号機は設置されていません。
対向車のヘッドライトが見えています。
かつて杉津駅と本トンネルとの間には長さ53mの河野谷隧道がありました。1898年(明治31年)頃の写真には存在していますが、1947年の航空写真では無くなっています。明治後期の駅構内拡張工事で開削されたようです。
曽路地隧道:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/254545
曽路地隧道:https://bunkazai.pref.fukui.lg.jp/search_category/content?detail_id=793-0
曽路地隧道:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4965/
航空写真:https://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=218175&isDetail=true
1898年頃:https://www.jaea.go.jp/04/xturuga/shiki/tsuruga-no-shiki-97.pdf -
鮒ヶ谷隧道(北側坑門)
1895年に竣工した長さ64m、幅員4.1mの短いトンネルで、鉄道・トンネル建設の実績がなかった地元業者が施工しました。
坑門上部が稜線に合わせて傾斜しています。
鮒ヶ谷隧道:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/220814
鮒ヶ谷隧道:https://bunkazai.pref.fukui.lg.jp/search_category/content?detail_id=792-0
鮒ヶ谷隧道:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4964/ -
鮒ヶ谷隧道(南側坑門)
隣接する北陸自動車道上り線にはトンネルがなく、本トンネル上部にも多少草木がある程度なので、道路工事の際に本トンネルも開削されてしまう可能性もあったのではないかと思います。 -
葉原隧道(北側坑門)
1896年に竣工した長さ979m、幅員3.9mのトンネルです。
トンネルに入って直ぐに右(西)に湾曲して見通しが効かないためか、信号機が設置されています。
坑門上部に削られた跡は見当たりませんが、かつては山中トンネル同様に黒田清隆揮毫の『永世無窮』の扁額が掲げられており、長浜鉄道スクエアに保存・展示されています。
葉原隧道:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/287843
葉原隧道:https://bunkazai.pref.fukui.lg.jp/search_category/content?detail_id=791-0
葉原隧道:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4963/
永世無窮:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4984/ -
葉原隧道
両出口付近を除いてほぼ直線です。 -
葉原隧道(南側坑門)
こちら側には黒田清隆揮毫の『與國咸休』の扁額が掲げられていました。
やはり長浜鉄道スクエアに保存・展示されています。
南側坑門を出た所には1919年11月25日に葉原信号場が開設されました。
本線の西側と東側の両方に引き込み線があったとのことですが、道路西側の平地はその跡でしょうか?東側の引き込み線は北陸自動車道の下り線になったようです。
與國咸休:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4985/
葉原信号場:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%89%E5%8E%9F%E4%BF%A1%E5%8F%B7%E5%A0%B4 -
新保駅跡
日吉神社の境内を突っ切り、国道476号に合流します。
鳥居の建つ辺りが廃線跡に重なり、且つ本殿も新しめなので道路工事で移転してきたのでしょうか?
木の芽川に沿ってしばらく南下し、獺河内集落の南端付近の道路脇に記念碑が立っています。
新保駅は1908年4月21日に開設された東郷信号所が1916年11月1日付で駅に昇格し、その際に東隣の新保の名前が付けられました。
新保駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E4%BF%9D%E9%A7%85
日吉神社:https://www.jinja-fukui.jp/detail/index.php?ID=20160829_160906
木の芽川:https://geoshape.ex.nii.ac.jp/river/resource/180014/1800140002/
獺河内:https://geoshape.ex.nii.ac.jp/ka/resource/18/182020790.html
新保:https://geoshape.ex.nii.ac.jp/ka/resource/18/182020830.html -
池河内口バス停
集落も何もないところにある敦賀市コミュニティバス東郷線のバス停です。
名称は池河内湿原のある池河内地区への入口の意味でしょうが、利用客はいるのでしょうか?
バス停に松本零士のキャラクターが描かれているのは、敦賀港開港100周年を記念して『銀河鉄道999』と『宇宙戦艦ヤマト』の像を設置した縁なのでしょう。
ちなみに北陸トンネルの緊急時避難に用いられる樫曲斜坑がバス停近くにあります。
池河内口:https://buste.in/search/bus/?id1=n2469&id2=18
敦賀市コミュニティバス:https://www.city.tsuruga.lg.jp/communitybus/index.html
敦賀市コミュニティバス:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%A6%E8%B3%80%E5%B8%82%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%90%E3%82%B9
東郷線:https://www.city.tsuruga.lg.jp/communitybus/route/route11.html
池河内湿原:https://tsuruga-kanko.jp/spot/nature/ikenokouchi/
池河内湿原:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E6%B2%B3%E5%86%85%E6%B9%BF%E5%8E%9F
池河内:https://geoshape.ex.nii.ac.jp/ka/resource/18/182020780.html
松本零士:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E9%9B%B6%E5%A3%AB
なぜ敦賀市に松本零士:https://news.mynavi.jp/article/20130224-a034/ -
樫曲隧道(北側坑門)
自動車用に拡幅された獺河内トンネルを過ぎると長さ87m、幅員3.9mのトンネルが車道右側に現れます。
施行は1889年に横須賀鎮守府、1891年に信越本線の横川・軽井沢間(碓氷線)の工事を請け負った太田六郎です。
敦賀今庄間では最も早く1893年に竣工し、坑門も内部も全て堺煉瓦株式会社の煉瓦で作られており、下部はイギリス積み、上部のアーチは長手積みで施工されています。
ガス灯は歩道になってから設置されたようです。
獺河内トンネル:https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/douken/kaituu/h16-3-r476.html
獺河内トンネル:https://www.sakane.net/japan/hoku_kyu/hoku_k06.htm
横須賀鎮守府:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E9%A0%88%E8%B3%80%E9%8E%AE%E5%AE%88%E5%BA%9C
碓氷線:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A2%93%E6%B0%B7%E5%B3%A0#%E9%89%84%E9%81%93
煉瓦の積み方:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%85%89%E7%93%A6#%E7%A9%8D%E3%81%BF%E6%96%B9%EF%BC%88%E7%B5%84%E7%A9%8D%E6%B3%95%EF%BC%89 -
樫曲隧道(南側坑門)
左側には煉瓦の積み方についての、写っていない右側にはトンネル自体の説明板があります。 -
北陸トンネル列車火災事故慰霊碑
敦賀市コミュニティバス温泉線の三和バス停手前には戦時下の輸送力増強を目的として1944年10月11日に開設された深山信号場がありました。
下りバス停付近で木の芽川を渡り川に沿って進むと木の芽踏切の手前左手に慰霊碑への入口があります。
温泉線:https://www.city.tsuruga.lg.jp/communitybus/route/route10.html
三和:https://busmap.info/busstop/111261/
深山信号場:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B1%E5%B1%B1%E4%BF%A1%E5%8F%B7%E5%A0%B4 -
北陸トンネル列車火災事故慰霊碑
1972年11月6日未明に大阪発青森行き下り急行「きたぐに」の食堂車で発生した火災により、乗客29名及び指導機関士1名が死亡した事故の慰霊碑です。
北陸トンネル列車火災事故:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%99%B8%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E7%81%AB%E7%81%BD%E4%BA%8B%E6%95%85
きたぐに:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%90%E3%81%AB_(%E5%88%97%E8%BB%8A) -
余座踏切
大阪発金沢行きの683系0番台サンダーバード31号です。
後ろには敦賀延伸を控えた北陸新幹線の高架が見えます。
683系:https://ja.wikipedia.org/wiki/JR%E8%A5%BF%E6%97%A5%E6%9C%AC683%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A
0番台:https://ja.wikipedia.org/wiki/JR%E8%A5%BF%E6%97%A5%E6%9C%AC683%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A#%E7%95%AA%E5%8F%B0%E5%88%A5%E8%A7%A3%E8%AA%AC
サンダーバード:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%89_(%E5%88%97%E8%BB%8A) -
北陸本線貨物線(敦賀港線)廃線跡
2009年3月31日に休止となり、その後2019年4月1日に廃止となった敦賀駅と敦賀港駅とを結んでいた貨物線の廃線跡です。
敦賀港線はかつては欧亜国際連絡列車のボート・トレインが走っていました。
廃止:https://web.archive.org/web/20181219090854/https://www.jrfreight.co.jp/storage/upload/9fbbd1f22c06e1c29563cf57521b05cb.pdf
敦賀港線:https://trafficnews.jp/post/84796
敦賀港駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%A6%E8%B3%80%E6%B8%AF%E9%A7%85
ボート・トレイン:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%B3 -
敦賀駅
西口(まちなみ口)の駅舎は変わっていませんが、奥には既に新幹線ホームが出来ています。
敦賀駅の駅スタンプは新幹線開業後、在来線が残っているにもかかわらず「北陸新幹線・敦賀駅」に変わったようです。敦賀駅 駅
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敦賀駅
再び青春18きっぷを利用します。
乗車したのは播州赤穂行き新快速で、車両は223系V2編成のクハ222-1003です。
米原で豊橋行き特別快速に乗り換えて岐阜の宿に向かいます。
播州赤穂駅:https://www.jr-odekake.net/eki/top?id=0611103
播州赤穂駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%92%AD%E5%B7%9E%E8%B5%A4%E7%A9%82%E9%A7%85
新快速:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%BF%AB%E9%80%9F
223系:https://ja.wikipedia.org/wiki/JR%E8%A5%BF%E6%97%A5%E6%9C%AC223%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A
V2編成:https://raillab.jp/carset/6358
クハ222-1003:https://raillab.jp/car/27590
米原駅:https://www.jr-odekake.net/eki/top?id=0610147
米原駅:https://railway.jr-central.co.jp/station-guide/shinkansen/maibara/
米原駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3%E5%8E%9F%E9%A7%85
豊橋駅:https://railway.jr-central.co.jp/station-guide/shinkansen/toyohashi/
豊橋駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E6%A9%8B%E9%A7%85
特別快速:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E5%BF%AB%E9%80%9F#%E6%9D%B1%E6%B5%B7%E9%81%93%E6%9C%AC%E7%B7%9A%EF%BC%88%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E5%9C%B0%E5%8C%BA%EF%BC%89
岐阜駅:https://railway.jr-central.co.jp/station-guide/tokai/gifu/
岐阜駅:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%90%E9%98%9C%E9%A7%85敦賀駅 駅
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